新車は排気ナビ - 排気情報を知りたいあなたのために
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スポーティセダンISを、走りの楽しさをさらに追求したプレミアムスポーツモデル。運転する楽しさを突き詰めるとたどり着くという、感性に訴えかける“レスポンス、サウンド、伸び感”を追求して開発された。3段階に変化する走行音など細部までこだわられている。エアロダイナミクスに優れた外観は、大型エアインテークやエアアウトレットなどを備えたスポーツモデルらしい仕上がり。黒を基調とした室内は、白とイメージカラーの青を配してスポーティ感を表現した。高回転・高出力化のため大幅改良された5Lエンジンに、パドルシフトを備える8速スポーツダイレクトシフトを組み合わせる。吸排気系にも多くの技術が採用され、足回りやブレーキなども専用装備となる。(2007.10)
セダン
4660×1815×1415
プレミアムシルバー, シルバー, ダークグレーマイカ, グレー, レッドマイカクリスタルシャイン, 赤色, ホワイトパールクリスタルシャイン, 白, ブラック, 黒, エクシードブルーメタリック, 青色
1.3Lエンジンを搭載した「130G」「130Gレザーパッケージ」が追加設定された。今回追加されたエンジンは吸気・排気のバルブタイミングを最適化するDual VVT-iを採用。低・中速域での豊かなトルクと高速域での軽快な加速の両立が図られている。10・15モード走行燃費は23km/Lとなる。(2009.8)
ハッチバック
2985×1680×1500, 2985×1680×1470
グレーメタリック, グレー, スーパーレッドV, 赤色, シルバーメタリック, シルバー, ブラックマイカ, 黒, ホワイトパールクリスタルシャイン, 白, グレイッシュブルーメタリック, 青色, ディープアメジストマイカメタリック, 紫色, コバルトブルーメタリック, ブロンズマイカメタリック, ゴールド, 茶色, イエロー, 黄色, シルキーゴールドマイカメタリック, ジェイドグリーンメタリック, 緑色
2Lターボエンジンのターボユニットの変更や吸排気系の見直しによりMTで15psアップ、ATで5psアップを実現。あわせて足回りが変更された。外装ではリアコンビランプが丸型に変更されている。(1993.10)
クーペ
4170×1695×1235
スーパーホワイトII, 白, スーパーレッドII, 赤色, ブラック, 黒, スーパーブライトイエロー, 黄色, ダークグリーンマイカ, 緑色, ブルーイッシュグレーアージェンタムマイカ, 青色, ストロングブルーメタリック, シルバーメタリック, シルバー
世界100以上の国、地域で販売され年間40万台も売れているカムリ。最新型ではロングホイールベースとワイドトレッドを達成したモデルとなった。スタイリッシュで力強いフォルムの中には、FFのレイアウトを生かした十分なレッグスペースを確保したリアシートや大容量のラゲージスペースを確保。走行性能の面でも、前後トレッドの拡大と低重心化により、操縦安定性を向上。エンジンはシリンダーブロック、吸排気系などの各部を見直して出力特性をさらに向上させた2.4L直4DOHCを搭載した。これに5速ATを組み合わせることで、ストレスのない滑らかな走りを実現する。(2006.1)
セダン
4815×1820×1470, 4815×1820×1480
スーパーホワイトII, 白, ブラック, 黒, ホワイトパールクリスタルシャイン, シルバーメタリック, シルバー, レッドマイカメタリック, 赤色, ターコイズマイカメタリック, 緑色, 青色, ダークブルーマイカ, 紺色
40周年を迎えた10代目。セダンは新たにアクシオを名乗り、クラスを超えた質感と洗練された外観デザインをもつ。従来、上級クラスのみに設定されていたプリクラッシュセーフティシステム、パーキングアシストシステム、VSC(横滑り防止システム)などを搭載したグレードが用意されるのも、新時代の幕開けを予感させる。エンジンは吸排気に可変バルブタイミング機構(デュアルVVTi)を新採用した1.8Lと既存の1.5Lの2機種。ミッションはスーパーCVT-iを採用(1.5Lモデルには5MTもあり)した。加えて1.8Lモデルには、MT感覚でシスト操作を楽しめるスポーツシーケンシャルシフトやディスチャージへッドライトなどを標準装備する。(2006.10)
セダン
4410×1695×1460, 4410×1695×1470, 4465×1695×1460, 4410×1695×1440
グレーメタリック, グレー, ライトグリーンメタリック, 緑色, スーパーホワイトII, 白, シルバーメタリック, シルバー, ダークブルーマイカ, 紺色, 青色, ベージュマイカメタリック, ベージュ, グレイッシュブルーメタリック
2.5Lの直6エンジンをVVTi採用のユニットに一新し、これにステンレスエグゾーストマニホールド、ロングデュアル排気管などで動力性能を向上させた。またリアシートにチャイルドシート固定機構付きシートベルトを標準化。(1996.9)
ステーションワゴン
4690×1695×1515, 4860×1725×1550
スーパーホワイトII, 白, シルバーメタリック, シルバー, ダークターコイズマイカ, 緑色, シルキープライムトーニング, ディープシュプリームトーニング, 紺色
コンパクトカーのカローラIIのシャーシを流用した2ドアクーペ。前席のスペースを優先した2+2のデートカーで、当時では先進的なエクステリアデザインを採用していた。内装はデザインやカラーリングでスポーティなイメージに仕上げている。グレードはアルファとベータの2グレードのみ。搭載されるエンジンは1.5Lの直4ハイメカツインカムの1種類だ。ただし上級グレードのベータのエンジンは可変吸気システムやデュアル排気マニホールドが採用され、スポーティな味つけがなされている。オプションとして脱着可能なデタッチャブルムーンルーフが設定されていた。(1991.1)
クーペ
4145×1645×1295
ブラックメタリック, 黒, スーパーレッドII, 赤色, スーパーシルバーIIIメタリック, シルバー, ターコイズマイカメタリック, 緑色, 青色, グリニッシュイエローマイカメタリック, 黄色, パープルマイカメタリック, 紫色, ハーブブリーズトーニング
1.6Lの5バルブエンジンの吸排気ポートなどを見直し、出力と特性を向上させた。またフロントロアアームのブッシュ構造の変更、パワステギアの改良を行った。(1995.5)
セダン
4385×1695×1315, 4385×1695×1310
レッドマイカメタリック, 赤色, ダークブルーマイカメタリック, 紺色, 青色, ミディアムグレイッシュグリーンマイカ, 緑色, ライトマリンブルーマイカメタリック, シルバーパールメタリック, シルバー, ミディアムグリーンマイカメタリック
3代目にして最終型となったこのモデルは、排気量を従来の4Lから4.3Lにアップ。新型V8エンジンを中心に、シャーシやサスなどすべてが世界のトップレベルを目指して見直された。ボディデザインも大幅に変更し、ソリッドで現代的なスタイルに生まれ変わった。居住スペースは大幅に拡大され、前後席の間隔、ヘッドクリアランスに余裕が生まれた。またトランクスペースも先代より約30%拡大させ、実用性を向上。さらにVSCやEBD付きABS、タイヤ空気圧警報システム、助手席2段エアバッグ、そしてカーテンシールドエアバッグなど、安全装備も最新のものが奢られた。(2000.8)
セダン
4995×1830×1490, 4995×1830×1470
ボルドーマイカ, 紫色, 赤色, シルバーメタリック, シルバー, ブラック, 黒, ダークブルーマイカ, 紺色, 青色, ホワイトパールクリスタルシャイン, 白, ダークグリーンマイカ, 緑色, アイボリーパールクリスタルシャイン, ベージュ, ローズマイカメタリック, グリーンマイカメタリック
4LのV8エンジンの吸排気、燃焼効率を改善してパワー&トルクをアップ。またサイドストライプテープや新デザインのアルミホイールを採用した。(1995.5)
クーペ
4860×1790×1350, 4860×1790×1340
スーパーホワイトパールマイカ, 白, ブラック, 黒, ダークブルーマイカフタロシアニン, 紺色, 青色, ブルーイッシュグリーンM.I.O., 緑色, ブルーイッシュシルバーメタリック, シルバー, ワインレッドマイカ, 赤色, 紫色, スーパーレッド
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霧のロンドン・・・
なんとも表現しがたい哀愁漂う言葉。
仕事や、プライベートで田舎を旅行した帰りに、必ず立ち寄る場所。
一時期は、どこの国に行くのにもわざと経由していた場所。
目を閉じると、産業革命時代のロンドンの姿が目に浮かぶ。
どんよりした曇り空に、排気ガス、濁りきったテムズ川。
お世辞にも“美しい”とは言えないロンドンという街が私は好きです。
私にとって“歴史を感じる場所”とは、
古い建物がそのまま残っている場所というより
目を閉じたときに映画のワンシーンのように音と風景が浮かび上がり
そして当時の匂いを感じられる場所。
たとえそれが単なる私の想像であったとしても。
ヨーロッパに住み始めてからは、日本に居たときよりも訪れる機会が減ってしまったロンドン。
でもこれからは週末にちょこちょこ来よう、と思いました。
2010/08/31 07:08:34
恒例の夏休み家族旅行です。
今年はいつものではなく、キャンピングカーでのキャラバンです。
長女さまが短大生活最後の夏休みで来年の今頃は保育士さんとして頑張っているはずで、今までのように私(りっぱなお父さん^^;)の都合で簡単に長い休みは取れない・・・。なので(仮に)家族一緒に思い存分楽しめる最後の旅行と考え、今まで以上に最高に想い出に残る夏休み旅行をと・・・で、我が家のファミリーカー”エルグランド”を売却、わらひ(いえ夫婦)の愛車”SLK”を売却し、空いた車庫証明スペースに”想い出づくりフリーダムワイド”を。
正式名称:ダッジラム3500 フリーダムワイド
車両概要:長さ5980mm幅2200mm高さ2570mm排気量5200cc
購入価格:車体(+諸経費)270万円+整備費110万円=380万円
納車日 :平成22年8月2日
子供は車酔いしない?車格不慣れで擦らない?山ちゃんと昇る?といらぬ心配を・・・さてはて旅への発進です。^^ノ
あっちなみにこの車の別名は「にこにこ号」。ナンバープレート番号(2525)を考えてた時、奥様の発案でそうなりました。(思いっきり余談です)
ではでは・・。
08.18 21:00→08.19 04:20 富士山五合目→八ヶ岳高原→草津温泉
08.20 07:00 草津温泉→白根山→奥飛騨温泉郷
08.21 09:30 高山→能登島水族館→千里浜海岸
08.22 06:30 越前海岸→18:00 着
2010/08/29 10:08:06
<1996年5月25日(土)>
翌日は国内機でジャワ島まで飛び、ボロブドール遺跡を見学することになりました。今はほとんどの人がイスラム教徒であるこの国の、数少ない仏教遺跡です。
<ボロブドール遺跡見学>
当時、ジャングルで発見されたこの遺跡は、壮大な規模の石作りの塔に素晴らしいレリーフが施されています。階段を上りながらレリーフを眺めると、それはブッダにまつわる縁起絵巻でした。現地ガイドさんが、丁寧にそれを解説してくれました。
晴天だったのが、あっと言う間に空がかき曇り、大粒の雨が降ってきました。困っている我々を目当てに、早速傘のレンタル屋さんが寄ってきました。交渉に負けますと、結構いい値段をふっかけられます。
これがスコールというものでしょう。30分もしたら雨はやんでしまいました。ひょっとしたら毎日のことかも知れません。傘のレンタル屋さんは結構いい商売のようです。
<ボロブドール遺跡について>
ここで、インターネット情報などを元に、ボロブドール遺跡についての簡単な説明をします。
ボロブドール遺跡は、8世紀頃に建造されたとされます。世界最古最大とされるこの仏教遺跡は、1888年ジャワ副総督のイギリス人スタンフォード・ラッセル卿が地元住民のジャングルの中に「巨大な建築物がある」という噂を聞いて調査発掘が進められました。その20年後に、全容が世界に紹介されました。
この遺跡が建造された8世紀の頃、この地はヒンズー教の文化が栄えていたと言われます。しかしその後13世紀にイスラム教が伝来しました。現在は住民の90%がイスラム教信者と言われ、世界最大の信者数を持つイスラム国家です。
恐らくこの遺跡が建設された8世紀の時代、この地では技術・芸術的文化が栄えていたと想像されますが、文字文化が希薄だったようです。このため、遺跡の記録も少なく、宗教も時代とともにイスラム教に変わってきたため、この偉大な仏教遺跡が、一時期森林に埋もれていたものと想像されます。巨大な仏教遺跡を覆い隠してしまうほど、ジャングルの生命力はものすごい力を持っていました。
別のインターネット情報を元に、もう少し詳しくボロブドール遺跡の復興について説明します。
ユネスコの援助を得たボロブドール遺跡の整備は、1973年に始まります。エジプト、ヌビア遺跡のアブシンベル神殿が、アスワンハイダム建設によって水没する危機に直面しました。これを、ユネスコが世界的な協力で移築し、破壊から救いました。この文化遺産救済劇の成功を引き継いだのが、ボロブドール遺跡の調査・整備です。またその一方で、「世界遺産」のシステムが整えられてきました。
ボロブドール遺跡は不明な点が多く、建立年代も確定的ではありません。しかし、ムラピ山の噴火によって火山灰に埋もれ、ジャングルに視界を遮られて、長らく人々の記憶から消えていました。
その後1888年、イギリスのジャワ副総監ラッフルズによって、再び人々の目の前にその姿を現すことになりました。以後、この地を支配したオランダの手によって一部修復などが行われました。
中部ジャワ観光資源の超目玉事業として、1973年に本格的調査・整備作業が始まりました。約10年と2000万ドル以上の経費で進められたボロブドール遺跡の調査整備は、1982年に完成しました。世界文化遺産に登録されたのは、1991年のことです。
歴史公園として整備されたボロブドール遺跡は、42mの高さが生み出す圧倒観で訪れるものを迎えます。土産物屋も区域内のある箇所にまとめられています。毎年百数十万人の人がここを訪れますが、国外からは1/4程度であり、残りの人は、国内から訪れるとされます。
<ジョグジャカルタの街>
ジョグジャカルタは、「YOG YA KARTA」と書きます。平和な地方という意味です。インターネット情報を引用しながら、ジョグジャカルタの街の紹介をしておきます。
ジャカルタから国内線に乗ると、1時間ほどでジョグジャカルタに到着します。空港は小さく、古い。ジャカルタのように目のギラギラしたタクシーの運転手さんは見当たりません。代わりにチケット制のタクシーが、係員の誘導で行儀良く列をなしています。日本で例えるなら、あまり栄えていない私鉄沿線の駅のようです。
街はジャカルタより少し涼しく、清潔感があります。空気が澄んでいるのは、交通渋滞がないためでしょう。ジャカルタ名物、排気ガスを吐くバジャイはここでは見あたりません。環境についても配慮を怠らない王様が禁止したようです。代わりに馬車と自転車の前に客席がついた乗り物(シクロ)が活躍しています。
頭や背に花飾りをつけた馬が植え込みの草を食べています。正確には、植え込みの中に設置された飼い葉桶の中の草をはんでいます。ノンビリした街の印象です。
ボロブドールの遺跡は、このジョグジャカルタから車で1時間程の距離にあります。もう1つの世界文化遺産、ブナンバラン寺院遺跡群も近くにあり、インドネシアでは主要な観光地の1つとなっています。
バリ島からジャワ島に向かう機中で
飛翔する翼の下に雲は無く乾季に入りたる海の静けさ
島渡る機中で見付けし噴火口インドネシアは火の国らしき
この島を真珠の首輪に例えしは未だ眼下に見ざりし時か
家飾り街を飾りし花々は自然と生きる神の民かも
ポロブドール遺跡へ向かう途中の小さなお寺で
溶岩を刻みて野中に建てる寺仏教縁起今に伝える
ボロブドール遺跡で
ユネスコが扶けて畏きこの丘にボロブドールの石塔立てり
釈尊の縁起刻みしレリーフを巡りて仰ぐ貴きパゴダ
石段に籠りおりたる灼熱をスコールやがて運び去りたり
スコールを避て宿りし大木の名こそ知らねど果実散敷く
物売の暫し離れず勧めるを非情ならねど謝して断る
ジャワ島で
赤き屋根黒く変りて静なる家並は雨季の苔のためらし
懐しき笑顔も厳しき顔もあり日本に渡りし海の民かも
人待のベチャに休みし漕ぎ人の目線鋭く旅人を追う
出稼のベチャ漕ぐ人はその夜をベチャで過して朝待らしき
王様の今も住むらしジャワ島のジョグジャカルタの白壁の道
ジャワ島からバリ島への帰りで
島渡る夜飛ぶ機内は静なり果実を食みて一日終りぬ
2010/08/29 03:08:44
<1999年4月27日>
いつもは大韓航空を使う事が多いですが、今回はいつもとは違って、日本航空、JALでソウル近郊の金浦(キンポ)空港に向かいました。
昨日の夜に時刻表を調べて置いたので、予定通り6時15分に地下鉄原駅で乗車しました。この電車は犬山行きなので、名鉄西春駅まで乗り換え無しで済みます。40分程で西春駅に到着し、7時前には空港行きバスに乗ることができました。約束の時間には十分余裕がありました。名古屋国際空港が増築になってからは、初めての海外旅行です。今回の旅行は、総勢8名、いつものMuさん以外は、初対面の方がほとんどでした。
<名古屋空港で>
全員が余裕を持って名古屋空港国際線に集合しました。私の場合は初対面の方が多かったですから、Muさんを挟んで、顔合わせの挨拶を交わしました。今日から3日間、短いながら旅の連れとさせて頂くことになりました。
JALの韓国、キンポ空港行きは983便でした。この機は名古屋空港の北外れに駐機されていて、出発が大分遅れてしまいました。
<JALの機内放送>
JAL983便は、定刻より約20分遅れ、名古屋空港を飛び立ちました。幸いなことに、飛び立った後は順調なフライトでした。空も快晴でした。
いつもは大韓航空を使用しますので、JALの機内サービスに、普段とは違うものを感じました。例えば、韓国への入国カードの書き方などを、画面で懇切丁寧にガイドしていたこと等です。
ポイント毎の書き方を、スクリーンに映したカードで説明し、「サインを忘れないようにして下さい」「サインは、パスポート同じ字体にして下さい」等の説明がありました。確かに日本人で、初めての韓国旅行の人にも分かり易い説明です。それぞれの航空会社なりに、工夫とサービスがあるものです。
機内食は、海苔巻き、稲荷寿司、肉類、野菜、それに果物でした。もちろん、それぞれの量は多くありません。飲み物は、ビール、ジュース、コーヒー、お茶、ワインなどでした。
ワインはフランス製で、赤と白が用意されていました。高級ではないものの、十分にワインの雰囲気を堪能できました。それで、つい2本空けてしまった。中瓶ではなく、1合あまりの小瓶です。3本目を頼もうとも思いましたが、他にワインを注文する人も少なく、ここは我慢をしました。余りゆっくりもできない、短い空の旅のためでもありました。
それにしても、どこの航空会社も何と沢山のナイフ、フォークなどを機内食に用意するものでしょうか。1、2時間のフライトなら簡単な食事に決まっていますし、もう少し簡単にできそうなものだと感じます。狭いテーブルに邪魔ですし、第一、全部を使ったことがありません。航空会社の責任ではなく、仕出しを造る外食会社の問題かも知れません。
<ヨボセヨ>
多分、Muさんの事前アドバイスが効いていたせいか、皆さんの手荷物は手軽でした。荷物出しの煩わしい時間もなく、入国審査も順調でした。
落ち合った地元のガイドさんは黄(ファン)さんと名乗られました。ベテランの女性ガイドさんでした。ファンさんの読み方は、北朝鮮の元重鎮で、亡命されたファン・ジャンヨブさんのファンと同じなので、直ぐに覚えられました。
そのファンさんは、韓国旅行の基本的なことをいくつか教えてくれました。それぞれに、結構役に立ちました。
例えば、
「韓国語の4つだけを覚えておけば、どんな場合も大丈夫ですよ」
と言った話しでした。その4つとは、「ヨボセヨ(もしもし、又はすみません)」「アンニョンハセヨ(こんにちは、今晩は等)」「**チュセヨ(して下さい、お願いします)」と、「カームサハムニダ(ありがとう)」でした。
殊に、「ヨボセヨ」の解説も分かり易かった。今までの日本人は、若い女性を見ると、直ぐに「アガシ」と言った呼び方をしていました。この呼び方は、ファンさんによりますと、
「水商売等のプロの女性を呼ぶ場合はいいものの、素人の女性には適切でないです」
と言います。若い普通の女性の場合は、いやな顔をされることもあると言う。韓国内でのセクシャルハラスメント意識が浸透してきたためかも知れません。
ヨボセヨの言葉は、
「老若男女、身分を問わずに使えます」
と言います。相手が目の前に見えない場合に、店先で呼ぶ場合に適当な言葉だとも教えて戴きました。店の中で、注文を頼むために人を呼ぶ場合にも使えるという。今までは、電話での「もしもし」だけの意味かと思っていましたら、大違いでした。
また、「チュセヨ」も、幅広く使えることを教えて貰いました。例えば、買い物の時にまけて貰いたかったら、「ディスカウント チュセヨ」と、英語との組み合わせが、「少しユーモアがあって、いい効果があります」とも教えて戴きました。
<最近の韓国事情>
ファンさんは、マイクロバスの中で、最近の韓国事情の教えてくれました。その時のメモの中から、いくつかを列挙してみます。
? 韓国の物価は、日本の1/2程度である。
?軍事費に国家予算の約1/3を遣っており、国の財政を相当圧迫している。
? 物価の中では、殊に車の値段が高い。個人で所有することは、まだ贅沢と見られている。
? ソウルの冬は寒く、マイナス15度以下になる。
? 韓河(ハンガン)も凍ることが時にある。
? 初任給は、日本円換算で12万円程度である。
? 平均家族は4人で、月収24万円程度である。
? 徴兵制があるので、晩婚である。
? 男性が企業に就業するのは、27、8才以降である。
? 家を建てる場合は、親から1/2程度は補助して貰う。援助して貰わなければ、家は買えない。
? 暖房費が月に3、4万円はかかる。一戸建てに較べると、マンションの場合は、かなり安くてすむ。
? マンションのオンドルは、安全のため、排気ではなく温水を使用している。
? このところ、ガソリンが大幅値上げになった。
等でした。5年ほど前の旅行の時に聞いていた、ソウル近郊のマンションの値段も、再確認することができました。やはり、3億ないし4億ウオンと言う値段は、誇張ではないようでした。日本円では3千万から4千万円であり、日本の価格とそんなに変わりません。物価や、年収から見ますと、日本の2倍程度か、それ以上高い買い物です。
ガソリンについては、むしろ日本より安かったと言う記憶がありますので、少し意外に感じました。日本がリッター当たり、80円位の時に、確か45円程度だと聞いたような、かすかな記憶があります。
日本の場合、税金が高かったのが、その原因であったような気もします。『自由化になれば、韓国からガソリンを輸入する計画がある』との雑誌記事もあった記憶です。しかし、今更調べても詮無いことです。
<文井洞>
文井洞アウトレットがこのところ流行の観光スポットだと言う。今回の旅行パンフレットにそう書いてありました。しかし、連なったお店は確かに現代感覚のナウイものですが、我々のメンバーには、些かそぐわなかったようです。
日本で言えば原宿と言ったところでしょうか。ファッションが主体の商店街です。どの店を覗いても、買い気をそそるものはありませんでした。いささか、年代の差を感じてしまう一角でした。どうやら、皆さんも同じようでした。早々にマイクロバスに戻ってきました。
<ロッテワールド>
ソウルのお決まりコースの一つがロッテワールドです。天候に左右されないので、ガイドさんにとっても好都合なのでしょう。ロッテワールドは、ホテル、百貨店、免税店、民族博物館、それに遊園地と揃っていますので、その点でも観光コースとして好適なのでしょう。
ほとんどフリーの今回の旅行では、僅かにこの遊園地入場が予定コースに入っていました。しかし、今回のメンバーでは、遊園地では仕方がありません。民族博物館の入場券に切り替えて貰って、こちらを見学しました。
入場した後は、待ち合わせ時間を決めて、自由行動にして貰いました。私は折角の機会なので、ガイドさんに付いて回りました。彼女は熱心に説明をしてくれました。
ガイドさんが、自分で決めた待ち合わせの時間にぎりぎりになりましたので、最後の方は駆け足で見学しました。日本の歴史と重なる部分で、少し口を挟みましたら、「私が説明するまでもありませんね」と、言った感じになりましたので、口を挟むのは、程々にしました。
<クラウンホテル>
2日間の投宿地は、梨泰院のクラウンホテルでした。梨泰院の西の外れから、南東に坂を下ったところに位置していました。梨泰院の西の外れまでは、10分ほどで歩くことができ、何度かこの旅行で往復しました。
昔と違ってパスポートの携帯義務のようなルールはありませんので、ガイドさんが一括して、セーフティボックスに預けてくれました。カジノへ行く場合も、今はパスポートの提示は要らないようです。
ホテルは高級ではなかったですが、特段不便もありませんでした。2人で1部屋です。Muさんと同部屋になりました。1組の部屋だけは、夜通しモーターか何かの音がうるさく、とても我慢できる状態では無いという。それでフロントで交渉し、別の階の部屋に替えて貰いました。そう言えば、そんな音がしていた気もしました。部屋によっては、大変だったのかも知れません。
一行の中のMkさんが旅行へ出かける前に発熱し、未だ体調がすぐれないという。それでMuさんと3人で、夕食はホテルの近くで簡単に済ますことにしました。Mkさんも、**の仕事が本職であり、同部門です。それにしても折角の旅行なのに、体調がすぐれないとは、全くお気の毒と言うほかありません。
夕食の店は、クラウンホテルを裏から見上げるような場所に位置していました。地元の人か使わないような小さなお店です。軽めの食事を摂って、その日はそのままホテルに引き返しました。
ソウルへ向かう機内にて
日の丸を翼に春の旅静か
目を閉て新緑の旅準える
ワイン空け春の海越え韓近し
連休の走りの旅や人疎ら
春の風旋回の時音で知る
2010/08/29 02:08:41
<2005年4月25日(月)>
3泊した龍勝のホテルに別れを告げて、今日は桂林への移動日です。荷物を纏めて9時に出発の予定でしたが、全員準備が出来ましたので、少し早めの出発になりました。桂林までは約3時間の陸路です。
<龍勝出発、桂林へ>
ホテル出発の時には小雨が降っていました。その雨は、東方面の桂林に近づくほど強くなってきました。しかし、昨日のロデオ道とは違って、舗装され他幹線道路は、快適な走りでした。
1時間少し走ったところで、お手洗い休憩となりました。ガイドさんに言われて気が付いたことですが、昨晩も休憩に立ち寄った場所でした。昨晩は照明が無く、真っ暗でしたから気が付きませんでした。電気がまだ引かれていない場所のためでした。
今日は小さな売店も開いていましたので、つまみにピーナッツを買い求めました。三江に向かったロデオ道とは違って、今度は安心して紙コップのウイスキーを飲むことが出来ました。
メモには「11:40分、臨桂県通過」と記していました。龍勝を出発して2時間40分が経ちました。桂林はもう直ぐです。
<陸さんの桂林と中国の紹介>
バスの中で陸さんが話してくれた桂林紹介のメモです。箇条書きに纏めてみました。
?人口400万人、面積は2.8万平方キロ。
?4月から6月は雨が多い。年間雨量は1200mm程度。平均気温は19度C程度。
?桂林で高いビルを建てるのは難しい。概ね7階建てが限度。地下に空洞があり、毎年どこかで陥没がある。
?地震は無く、台風がたまに来ても、上陸して時間が経っているので大した被害は無い。
?雨が多いので、洪水被害は時々ある。
?工場は排水処理、排気ガス処理の関係で、順次、郊外に移転した。
?中国の中で生活しやすい都市として、いつもベストテンにランクアップされる。
?日本の熊本市と姉妹都市で、各種の交流がある。私も公式に日本を訪れたことがある。
?桂林の風景は、3億年ほど前は海底だった部分が、その後隆起し、侵食されて出来た風景。昔、桂林より南にこの風景が出現したが、侵食が進んで桂林まで北上してきた。やがて桂林は平らな地形となり、北へこの景色は移動すると予想されている。
陸さんに、住みやすい他の都市の例を質問したところ、
「北京、上海、広州などがランクアップされますが、本当に住みやすい町は桂林が一番」
との答えが戻ってきました。桂林の山が50mから100m程度と低いのは、浸食作用で削られて出来た山々だからです。
次に中国全体の話しです。まず徴兵制に関しての話です。
「中国には徴兵制は無く、全て公募です。徴兵制を敷かなくても、高い倍率の応募者が、農村を中心にあります」
応募者が多い理由として、次の補足をしてくれました。
「入隊のメリットは、在籍中に技術を身に付けることが出来、退役の時には、優先して就職を斡旋してもらえるからです」
最近の反日運動に関しては、
「中国人の多くは、日本人に対して友好の気持ちを持っています。また、大切な隣人として友好第一とも思っています」
との見解を話されました。日本語を勉強し、日本人を相手の旅行業務をされていて、日本贔屓になられているのかも知れません。しかし、実際にも、今回の旅行を通じて反日の場面を目撃したり、対応をされたことは、皆無でした。日本を発つ前に、中国の治安状況を心配してくれた方もいましたが、幸い杞憂に終わりました。
<遇龍橋見学>
陸さんのお話を聞いている内に、桂林に到着しました。まずは腹ごしらえです。場所は桂山大酒店でした。今晩泊まるホテルとは別です。入口には腎臓学会会場の大きな看板が掛かっていました。格式の高いホテルでした。案内された個室も広く、ゆったりとした気分で昼食を楽しむことができました。
食事の後は遇龍橋の見学です。生憎の雨でしたが、桂林の幻想的な風景には、むしろ好都合でした。その遇龍橋までの分岐路は、かなりひどいでこぼこ道でした。それだけに観光地化が遅れているのでしょうか、通常の観光スポットは一味違った風情が残っていました。
遇龍橋は石で出来た太鼓橋です。辺りの景色を含めて、実に長閑な農村風景が広がっていました。山あり、川ありの、風光明媚な景観地でもあり、絶好の撮影スポットにもなっていました。
橋の袂には小さな集落がありました。その風景を見ただけでも、普段は余り観光客がやって来ていないことが読み取れました。大きな樹の上では、小鳥が騒がしく鳴き始めました。ヒヨ鳥くらいの大きさの鳥でした。見知らない団体がきたので、警戒音を発しているようでした。その大きな樹には、巣を懸けていたのでしょう。産卵の季節か、子育ての最中だったかも知れません。
この遇龍橋見学では、水辺まで降りて竹で出来た筏を身近に見ることが出来ました。大きな孟宗竹を、火で炙って曲げ加工してありました。幅は一間足らずです。2つの籐椅子が横に並べて取り付けてありました。二人乗りの観光筏ということでしょう。
陸さんの話では、ヨーロッパの観光客はこの観光筏を使って、のんびりと桂林の散策を楽しむ人が多い、とお聞きしました。団体行動が多い日本人と違って、いい意味での個人旅行を楽しむ人が多いことが
<桃源見学>
一味違った桂林見学の、もう2つ目の見所が桃源クルーズでした。川なのか、湖なのか俄かには判断がつかない地形の場所を、船の上からの観光でした。
船が漕ぎ出すと直ぐに、右手の楼閣から民族音楽が聞こえてきました。遠目にも民族衣装と分かる衣服を身につけた若い男女が、手にした楽器で演奏し、歓迎してくれました。女性は赤色系統の服、男性は黒色系統の服でした。
楼閣はトン族の村で見学してきた黒屋根に白い漆喰を使った造りでした。演奏している人達も、トン族の若い人達だったようです。この時は分かりませんでしたが、後で、プリントした写真を見て分かったことです。
次に歓迎の踊りを見せてくれたのは、ピンク色の上着に青色のズボン姿の4人組の娘さん達でした。湖上にせり出した舞台の上で、赤い扇子を手にして踊っていました。観光客がやってくると踊りが始まり、遠ざかると休憩になるようでした。
船は天井の低い洞窟を潜りました。「潜り抜ける時に願い事をすると叶います」との話しも聞きましたが、写真を撮るのに夢中で、実現しませんでした。通り抜けた後、目に飛び込んできたのが赤い桃の花でした。桃源の名前の謂れとなっている桃であることをガイドさんが説明してくれました。花が咲いても、結実しない種類の桃だそうです。僅かな時間でしたので、あわててシャッターを切りました。
ところで、「桃源郷」を辞書で引きますと、「陶淵明の『桃花源記』に描かれた理想郷、世俗を離れた別世界」などと解説されています。まさに、その桃源郷の語源に相応しい別世界でした。一羽だけの鵜を乗せたご年配の方が操る漁り船ともすれ違いました。その後すれ違った若い漁師さんの船には、ブリキのバケツが積んでありました。そんな光景に出会って、別世界の想いが一層強く感じられました。
桃源にはもう1つ変わった見ものがありました。この地に棲み付いた先住民です。その正式な名称は聞き漏らしました。一見して、南方の海洋系と思われる部族でした。褐色の肌で、男子は全員、上半身裸でした。「色が黒いほど美人、美男と考える人達です」との説明を聞きました。
こちらの先住民の人達も歓迎の踊りがありました。トン族の人達とは全く違った雰囲気の踊りでした。岸辺にはトーテンポールや水牛などの頭蓋骨が飾られ、雰囲気も一変していました。家屋も、藁葺きの様な南方の島を思わせる造りでした。
大勢の人が踊りを披露してくれたメインの建物では、1艘ずつ船を寄せて、身近に見学することが出来ました。若い男性が多い勇壮な踊りでしたが、女性も一部混じっていました。桃源郷とは、およそかけ離れた戦いの踊りだったかも知れません。その迫力ある踊りは、写真集の方でお楽しみください。
終点は出発した場所とは違っていて、また、トン族の造った優美な建物でした。その中には民芸品の実演や即売が行われていました。絞り技法や、ロウケツ染めで作られた作品は、見飽きない出来栄えでした。日本の染め技法や、インドネシアのジャワ更紗等を連想しました。友達から海外旅行のお土産に頂いた、ろうけつ染めの仏像の飾りも思い出しました。インドで買い求められたものです。
<子豚の丸焼きの夕食>
最初は冗談話しかと思って聞いていましたが、この世の料理には子豚の丸焼きが出されました。2つのテーブルにそれぞれ1匹が用意されました。とっておきの桂林名物のようです。別の白い大皿には、金魚が泳ぐ様を描いた創作料理も出されました。こちらは大した出来ではありませんでした。このお店の名前は西苑レストランです。
子豚の丸焼きは、記念写真を撮って披露が済んだ後、部屋の片隅で捌いていただきました。削った皮を葱と一緒に薄皮で包むところは北京ダックと同じでした。ところが味付けは黄皿を使ってあり、かなり甘くしてありました。それで、豆板醤や唐辛子味噌のような辛い物をたっぷり添えた上で頂きました。
ここからは、私の推測です。外れている可能性の方が高いことを前提にお読みください。
普段の食卓に、子豚の丸焼きが出されることは、まず無いと思います。出されるのは、国や村の年に一度のお祭りとか、結婚式のような特別の席だけだと推測します。その席には大勢の子供達が、料理を心待ちにしている風景が目に浮かびます。
子供達は苦いもの、辛いものより、甘くて美味しいものが好物のはずです。そんな食卓のメインである子豚の丸焼きが、甘さを強調してあるのではと推測しました。私のように、甘い料理を辛くして食べることは出来ますが、辛い物を甘くして食べることは難しいことです。
もう1つの推測は、甘味料そのものが貴重品である可能性です。生活物資が乏しかった戦後の日本でも、甘味料が貴重な時代がありました。サッカリン、ズルチンなどの人工甘味料が使われていました。今では、発がん物質として、使用が禁止された物質です。
それにしても、随分と甘い味付けでした。貴重なご馳走を残しては申し訳ありませんので、皆で頑張って平らげました。私の前にあった豆板醤、唐辛子味噌は空っぽになって仕舞いました。
<桂林雑技観劇>
オプショナルでしたが、今晩は桂林の雑技観劇です。全員が躊躇無く観劇を申し込まれました。中々レベルが高く、演出家も高名な方とのことで、以前は相当に高額な公演だったようです。今回はお値打ちで、元でも円でも支払いができました。
早めに劇場に到着し、会館の前で待つことになりました。観劇は、総入れ替え制でした。正面玄関から、前の組の入場者が出口に殺到するのではと身構えましたが、杞憂でした。階段を登った2階の正面ロビーからではなく、1階から観劇を終えた人たちの退場が始まりました。入場は、奇数の番号か、偶数の番号かで左右に分かれる一寸代わった方式でした。私の場合、正面に向かって右手からの入場でした。
演技中は当然ですが、撮影禁止でした。それで、写真でお見せすることは出来ませんが、熱演の連続で十分に満足できる内容でした。高名な演出者のことは良くわかりませんでしたが、照明の使い方など、斬新なアイデアでの舞台であることが実感できました。殊に、観客も一体とするような演出方法には、新しい息吹を感じさせられました。いきなり舞台の両脇から薄い布が飛び出してきて、観客の頭の上を覆いました。私としては、始めて体験した演出でした。
印象に残った出し物を、思いつくままに書き記します。最初に椅子を使ったアクロバットです。高い天井にも届くほどに椅子を順番に積み上げ、その上で倒立やバランスのポーズをとっていました。さすがに危険な業なのでしょう、背中にピアノ線が付けられ、天井から吊ってありました。
積んだ椅子を1個ずつ落とす業も見事でした。落とした椅子は怪我をしないよう、手では受け取らず、二人で持った袋の中に入れて、受け取っていました。まだ若い男の子の演技でした。
帽子投げはグループでの演技と、個人技の披露もありました。最初は観客席の両脇から出て、観客の頭越しに帽子が飛び交うパフォーマンスがありました。女性のアクロバットでは、まるで、軟体動物のように体の柔らかさが強調した芸もありました。サーカスにつき物の道化師の芸もありました。扮装していたのは、若い女性二人でした。
トランポリンの芸では、左右に立てられた柱に飛びついたり、交差したりとめまぐるしい動きでした。段々と演技する人数が増えるに連れ、空中衝突をしないかと、はらはらさせられました。
演技中は撮影禁止でしたが、閉幕の後は出演者がロビーに並んで記念撮影に応じてくれました。やはり、素晴しい演技をした人は引っ張りだこでした。
この夜は遅い時間になって仕舞いましたから、真直ぐホテルに向かいました。ホテルでは、僅かに残ったシーバスリーガルを片付けてから就寝しました。
桃源で
洞窟を船で潜て桃源の謂れと言し赤き花咲く
桃の花咲ども終ぞ実を持ず過し船より赤き花見る
桂林の雑技を観て
身の軽き子等は次々業見せて記念写真のロビーに揃う
舞台では大人に優る大技の男子女子は未だ幼し
2010/08/29 07:08:31
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